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21st
30代も半ばを過ぎて今さらなんですが、美術館や博物館にぶらりと一人で行くことが増えてきました。

アートなんて(大衆音楽としてのロック以外は)よくわからない芸術オンチがなんでまた、と最初は自分でも不思議だったのですが、どうやらアートそのものよりも作品を体験するために何らかの意図を持って作られた空間に身を委ねることが楽しくなってきたみたいです。

館内の導線とかデッドスペースとか光の具合とか空気の湿り具合とか臭いとか、マンション暮らしと都会のオフィス勤めからはかけ離れた非常的な空間。設計者の意のままに操られてみるもよし、自分なりのスイートスポットを探すもよし。普段とは違う感覚を研ぎ澄ましてだだっ広い空間に入り込んでただ彷徨うのがいいんです。

わかりやすい例が東京国立博物館でやる「法隆寺展」とか「東寺展」など。自分は京都に住んでいるから東寺の仏像はよっぽど秘蔵のものでない限り割とすぐ見に行けるし実際見ているんですが、1000年以上安置されてきた木造の仏教建築物「ではない」空間で仏像たちががどういうプロデュースをされてどういう鑑賞体験ができるのかに興味があって博物館に足を運びます。

20代のころから禅寺の庭園をぼーっと見るのが好きなんですが美術館や博物館もこれに近い感覚。庭を味わっている時にもいちいち「この石は●●産で」とか「作庭者が●才の時の感情が」とか考えていません。

中身(作品)ももちろん大事なんですが、今は館や展示や部屋全体の「没入体験」させる空気作りの方に関心があります。今さらですが皆さんもそうやって楽しんでいたんですね(笑)
(だから見た作品名とかほとんど覚えていないません。そして絶対団体行動できないのでひとりで行ったほうがよさそうw)


イマーシブジャーナリズム

さて、前置きが長くなりましたがこの記事の本題は実は「ウェブメディアのトレンド」でございます。

イマーシブジャーナリズム(immersive journalism)」というキーワードがあります。
Immersive Journalism is a form of journalism production that allows first person experience of the events or situations described in news reports and documentary film. Using 3D gaming and immersive technologies that create a sense of "being there" and offer the opportunity to personally engage with a story, immersive journalism puts an audience member directly into the event.

Immersive journalism - Wikipedia, the free encyclopedia
http://en.wikipedia.org/wiki/Immersive_journalism

イマーシブジャーナリズムとは、読者が「入り込んでしまう」「その場にいるような」体験をすることで伝えている内容とのエンゲージを深める、報道姿勢というか手法のことを指しています。

ひとことで言うと「ただテッキーでクールなだけではなくリッチな読体験ができる」記事。以下は日本でもたびたび紹介されているイマーシブジャーナリズムの代表的な事例です。

Snow Fall: The Avalanche at Tunnel Creek - Multimedia Feature - NYTimes.com
http://www.nytimes.com/projects/2012/snow-fall/#/?part=tunnel-creek

Firestorm: The story of the bushfire at Dunalley | World news | The Guardian
http://www.theguardian.com/world/interactive/2013/may/26/firestorm-bushfire-dunalley-holmes-family

浅田真央 ラストダンス - 朝日新聞デジタル
http://www.asahi.com/olympics/sochi2014/lastdance/

DEMOCRACY | The Economist
http://www.economist.com/news/essays/21596796-democracy-was-most-successful-political-idea-20th-century-why-has-it-run-trouble-and-what-can-be-do

こういった記事やコンテンツも同類にくくることができます。

Short Track - Speed Skating - Sochi 2014 Winter Olympics - NYTimes.com
http://www.nytimes.com/newsgraphics/2014/sochi-olympics/short-track.html

Zombie Underworld
http://zombies.epicmagazine.com/story/5937

イマーシブジャーナリズムについてもっと詳しく知りたい方はこちらのブロガーさんたちの記事をぜひご覧ください。

長編記事でも没頭してしまう? 海外のイマーシブ・ジャーナリズム事例5選  | デジタル・エディターズ・ノート | 現代ビジネス [講談社]
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/38635

「未来のジャーナリズム」ガーディアンの回答 | 新聞紙学的 http://kaztaira.wordpress.com/
http://goo.gl/Q1xza8

News of News | ESSAY:The Economistによるイマーシブ・ジャーナリズム
http://newsofnews.jp/2014/03/04/essay/


イマーシブジャーナリズムを彩る表現手法

これらの記事の従来のウェブメディア(とくにニュースメディア)とは異なる、表現上の特徴を挙げてみます。
  1. 充分すぎる余白
  2. コンテンツ以外の要素を極限まで削ぎ落とす(ex. ドロワーメニュー)
  3. 1カラム+補助カラム
  4. ダイナミックなグラフィック
  5. 効果音
  6. Webフォント(コンテンツに合わせた)
  7. 読者の操作とのシンクロしたアニメーション
  8. データを操作して理解できる
  9. 直感的でシンプル操作(難解な自己満足UIはダメ)
  10. タブレット閲覧も重視
ところで、前述の記事例のほとんどは米英のメディアでしたが、日本にこれらの表現ができるデザイナーやエンジニアがいないというわけでは決してありません。その技術がジャーナリズムとはまだ結びついていないというのが現状ではないかと思っております。

また、このようなコンテンツを作り出すには、記者の他に、ジャーナリズムへの理解のあるデザイナー・エンジニアのコミットが必須な上に、体験全体の手触りを目利きするディレクター・プロデューサーの手腕も大きく問われます。

記事は調査報道系のものになると各職域の特命チームを組んで3ヶ月を要しているそうで、今がまだ実験段階だということを差し引いても、往々にして「量」が「質」を凌駕するビジネスであるネットメディア業界の中で、この分野に取り組むのは相応のフロンティア精神とプライド&モチベーションが必要だということがわかります。

この参加障壁の高さは「イマーシブ」と同じくメディアトレンドのひとつでもあり、日本でも雨後の筍のようにメディアが立ち上がって実験されている「動画ニュース」はと比べると、始める際のコストやリソース・タレントにおいて対局にあるとも言えます。

ニューヨークタイムズの動きから見る、5つのメディアトレンド
http://blogos.com/article/85685/


"イマーシブ" はCGMでもっと手軽になるのか

さて一方でプロのジャーナリズムに限らないCGM(Consumer Generated Media)の世界でも、読者体験に重きをおいた表現手法が少しずつ浸透してきました。Medium を代表として、いわゆる「見ごたえのある」コンテンツが書けるプラットフォームが登場しつつありますね。

Medium の例 (Why Wearables Will Replace Smartphones — Wearable Technology)
https://medium.com/wearable-tech/c297db834ede

Narratively の例(The World’s Unlikeliest Record-Breaker | Narratively | Human stories, boldly told.)
http://narrative.ly/life-on-the-run/the-worlds-unlikeliest-record-breaker/

Hi Moment の例(Had to fight for space at the back of the train with a bunch of Afrikaners to get this shot. – Puno, Peru)
https://hi.co/moments/2o3ukue2
"場所との出会い"を記録するプラットフォーム

Byliner の例 (The Color War - Jodi Picoult )
https://www.byliner.com/read/jodi-picoult/the-color-war
コンテンツごとの課金サービス

これらCGMサービスでは、昨今のUIトレンドにも則り、前項であげた「イマーシブな表現手法」の1〜4あたりまでは積極的に取り入れられています。(当然ベタな広告は扱いづらくなるのでビジネスモデルとのせめぎ合いは大きな課題にもなっています)

はてなブログの例(blogs.)
http://blogs.hatenablog.jp/

noteの例(【第三回】「世話焼きおばさん」としての広告営業を「じゃらん」の「貸切風呂特集」に見た!|田端信太郎)
https://note.mu/tabata/n/ncc97b1139090

Storys.jp ちなみにこれは前時代的なUIの例・・・
http://storys.jp/story/8598

CGMプラットフォームがより "イマーシブ" になるには、短い動画や効果音ををテキストコンテンツにシームレスに埋め込んだり、シーンごとに写真にエフェクトを書けたり、記事ごとにWebフォントを変えたりできるテクノロジーが内包されて、さらに記事作成者がそれらを直感的に使いこなせる必要があります。

つまりはそういった表現を何らかのCMS(記事管理画面)で実現できるようになる日が来れば、ブログのような誰もが使えるCGMが「イマーシブ」な表現武器を手に入れることができるのですが、、

実はすでにそういうCMSは作られつつあるようです。
Reporters and multimedia journalists say the enhanced technology of Chorus enables them to do things like make photos appear as a cursor slides down a page; add links automatically to copy; and identify problem commentators through word identification.
“Most journalists hate their content management systems,” said Melissa Bell, who was director of platforms at The Post before she left with Mr. Klein to join Vox. “The joke is that Chorus is a unicorn with a kitten on its back. People think it is a magical system that fixes everything.”

Vox Takes Melding of Journalism and Technology to a New Level - NYTimes.com
http://www.nytimes.com/2014/04/07/business/media/voxcom-takes-melding-of-journalism-and-technology-to-next-level.html

"Chorus" とはVox media 社のCMSのこと。先日ローンチしたVoxの編集長Ezra Kleinを始めとした他社のジャーナリストがこのCMS(も)目的で移籍してくるのだとか。

また、 atavist.com というコンテンツ課金メディアの記事は、Creatavist という誰でも利用可能なオンラインのCMSで作られています。

Untitled Project

Creatavist
https://creatavist.com/
サンプル記事
https://hi.creatavist.com/samplestory#story-cover
作成された記事の例(Island of Secrets)
https://read.atavist.com/islandofsecrets#story-cover

ニュースやブログのプラットフォームで誰もがリッチな表現で、五感に訴えかける空気を作り出すことが可能になる日も近いようでワクワクしますね。

ちなみに、単にブラウザで体験できるリッチな表現技術には過去にFlashがありましたが、Flashは「HTMLの世界」と隔離されていたことと、表現の自由度が高すぎてコンテンツよりもクリエイターの技術博覧会の様相を呈していたことが、ここで紹介しているイマーシブメディアとの大きな違いです。


イマーシブなコンテンツへの期待

もちろん「さくっと書けて」「さくっと読める」こともネットメディアの大事な長所なのですべての記事が冗長に"イマーシブ"になる必要はありません。

では、冒頭に上げた「ジャーナリズム」「ドキュメンタリー」の他にどんなコンテンツがイマーシブなウェブメディアに向いてるでしょうか?
  • 一生に一度の旅行体験記
  • 自主制作の映画やライブなどのプロモーション
  • 個人やチームのバイオグラフィ/ポートフォリオ
  • スポーツ試合の解説
  • ロングインタビュー
  • エッセイ・ポエムー
ここでは、長文・グラフィカル・データ・アーカイブ・時代性、などがキーワードになりそうです。

デジタルメディア時代に息を吹き返す長文ジャーナリズム  | デジタル・エディターズ・ノート | 現代ビジネス [講談社]
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/38485

また、こうやって挙げてみるとここ2〜3年で「電子出版」「スマホ・タブレットアプリ」分野に向いたコンテンツとして期待されたジャンルが多い事に気づきます。それが今、一周回ってWebブラウザで体験するメディアとして、枯れたメディアであるCGMの延長として再注目されるかもしれないというところに個人的には面白さを感じます。

ネットメディアのコンテンツは、ニュースもブログ(CGM)も、スマートフォンの普及によって「より短く」「よりわかりやすく」「よりバイラルされる」「より大量消費」の追求が盛んではありますが、一方で「豊かで」「居心地がよく」「しばらく身を委ねたくなる」そんな非日常な体験ができる居場所があってもいいのではないでしょうか。




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