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Jam Session avec Boney Fields
Jam Session avec Boney Fields / bernalredondo


こんばんは。これからのキャリアに悩めるお年頃の Webディレクター10年選手 ldmoriuchi です。

今日は個人的に刺さる記事を見つけたのをきっかけに、(タイトルは大げさですが)まとまりのないポエムを書いてみます。

チームラボ・猪子氏「僕のギャラが高いのは、再現性が低いから」 均質化された世界における日本文化の価値とは? | ログミー[o_O]より
http://logmi.jp/11260
猪子:手が動く人しかチームラボにはいない、ってよく言ってるんだけど、これは分かりやすいから言ってるだけ。本当は嘘で、いわゆるまとめる人っていうのはプロジェクトに必ずいて、僕らはそれをカタリスト、触媒って呼んでいて。言葉にするとプロジェクトをマネージメントしたり、クライアントと調整したり、クライアントを説得したり、エンジニアのテンション上げたり、デザイナーのテンション上げたり。

昔で言うとプロジェクト・マネージャーとか、ディレクターみたいなのとか、プロデューサーとか、そういう職業になるのかもしれないのだけれど。プロデューサー、ディレクターとはだいぶ違うのは、そんなにディレクションせずにチームの人達が考えやすい環境を作るとかテンションを上げるとか、環境とかテンションとかをマネージメントすることを重要視する。

考えやすいチームワークを、共にキュレーションを生みやすい状況をできるだけ作る、みたいな仕事の人ってすごくいっぱいいて。でも、どういう人がすごく良いカタリストなのか、結果として「この人はすごく良いカタリストだ」ってわかるのだけれど、それを言葉にすると何なのか、っていうのは、僕らも良くまだ分かってなくて。自分もすごい興味あるのだけれど。そんな回答でいいですか?

"カタリスト"という職名があることは最近知りました。

"触媒"というコトバどおり、営業/企画/ディレクション/マーケティングといったWeb制作・開発プロジェクトにおける「コミュニケーション」の領域を縦横無尽に(節操無く)活躍できる、「プロジェクトにも経営的にも便利な優秀な何でも屋さん」くらいの理解をこれまではしていました。赤魔道士的な。

ところが上記の発言中、猪子さんはカタリストとは "そんなにディレクションせずにチームの人達が考えやすい環境を作るとかテンションを上げるとか、環境とかテンションとかをマネージメントすることを重要視する" と語っておられます。

僕はここに、世間一般の定義より視座が高い「理想のプロジェクト観」と「究極のWebディレクター像」を勝手に感じとりました。

記者の眼 - 「カタリスト」という仕事:ITpro
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/Watcher/20120924/424788/


Webディレクションなんていらない世界

それまで5年ほど受託制作・開発でWebディレクターの経験を積んだ後に憧れのライブドアに加わった際、軽くカルチャーショックだったのがディレクションに関して社内で標準のワークフローやドキュメンテーションルールがほとんど存在しないことでした。

国内を代表するWebサービス提供会社であり、しかもあの「ライブドアディレクターブログ」も運営しているのに!

それどころか当時は、ディレクターが会議でドヤ顔で渾身のパワポ(スライド)の企画を出してくるとエンジニアのボスが苦笑いをする、そんな風潮さえありました。
(ちなみにある決まり事は「wikiに書く」とか「ircで言う」とか。中身の定義じゃない)

だからといって Webディレクターの存在価値がなかったわけではありません。
企画のプロセス、進行管理の方法、テスト、マネージメントへの報告、などなど、チームの構成員やサービスによって即興的に空気を見ながら最適化しながら行っていました。それがどんなチームでも臨機応変にできる人が現場で成果を出す優れたWebディレクターでした。

ルールなりドキュメントなりを統一するということは、エンジニアやデザイナーの動き方をある程度テンプレ化するわけです。これは「Webディレクション」というお仕事を高邁に遂行するためにはよいのですが、優秀で自由奔放なクリエイターにはあんまり嬉しいことではありません。ディレクターにディレクションなんかされずに、ゴールに向かって伸び伸びと進めたほうが、エンジニアもデザイナーもストレスフリーなんです。

その結果、とあるプロジェクトでは、そのチームのディレクターはあまりディレクションしていない、という現象もちょくちょくあったと思います。それでもプロジェクトが上手く回っている(そういうチーム構成)なら、ディレクションのためのディレクションは不要なのです。

こういうとき、Webディレクターは、どこかの本に書いてあるようなWebディレクターのいろはに忠実なコミュニケーションやドキュメンテーションをして時間を消費するよりも、職域の定義ににこだわらず良い"触媒"となって、プロジェクトの空気作りやサービスの成長のためにできることを探して考えて動いたほうが合理的なのでした。(「グロースハック」なんていうコトバが出てくる前の時代でしたが)


Webディレクションが必要とされている世界

今はまた自社サービスから受託制作の現場のWebディレクターに帰ってきました。

受託制作に興味がなくなったWebディレクターがロフトワークにJOINした理由
http://loftwork.jp/column/2013/20131220_moriuti.aspx

「Webディレクター」は、この業界のスタンダードな職種のひとつとして確立されています。つまりは「Webディレクション」という技術や経験が歓迎されているWeb制作・開発の現場があるわけです。

だから最近では「Webディレクター」に必要とされるスキルや心構えを体系化してPRしてうまいことやろうとしている人たちもいます。

他人の知識から学びとれ!Webディレクターに役立つ厳選スライド資料まとめ | 株式会社LIG
http://liginc.co.jp/web/useful/84914
(「Webディレクションふんふん」っていろいろあるんですね!)

現実として発注会社内外・制作会社内外にプロジェクトが広がると各々のステークホルダーの、利害関係やモチベーションなどの関係性は、とんでもなく不均一になります。さらに、どれくらい不均一かどうかすらもプロジェクトを動かしてみるまでわかりませんので、ここで一躍「Webディレクター」の活躍の場が広がってくるわけですね。

受託制作のディレクションも、自社サービスのディレクションも経験してわかったことがあります。

それは、あるプロジェクトに必要とされている「Webディレクション」の質量は、必ずしもプロジェクトの質量に比例するものではなく、プロジェクトの内容とチームのキャラクターに依るところの方が大きいということ。そうであれば、プロジェクト設計やチームビルディングを上手くやることで無駄なディレクション量を減らす方が本質的で合理的なことを肝に銘じておきたいものです。

そういえば先日、受託制作のディレクターをやっている知人の話を聞いていたのですが、彼は「すごいエンジニアの手助けをしたいから(今はそういう環境でないから物足りないから)転職する」んだそうです。単純だけど冒頭のカタリスト的な使命感やモチベーションに近いですよね。


これからも「Webディレクター」と名乗ること

Webディレクターという職種についてから10年以上経ちましたが、こうやって振り返るとディレクションがあんまり好きではありません!必要に迫られて細かいガントチャートとか、プロジェクト計画のドキュメントを作っている時だけ「ああ自分はサラリーマンだな」と思います(普段はあまりサラリーマンだと思いませんw)

そういうわけで、自分はキャリア全般にわたって「ディレクションしなくていい方法」を考えてここまできました(!) 実はWebディレクターとして世間的に期待されているスキルや経験は少ないということにいまさら気づいてしまいました(笑)。

しかしあまのじゃくなことに(!)そんなディレクションをしないディレクターだからこそ、「Webディレクター」という肩書きにこだわりたいという思いもあります。それはこの「Webディレクター」というポジションに任される「責任」というプレッシャーが良くも悪くも心地よいからです。

「カタリスト」や今の肩書でもある「エバンジェリスト」には、確かにワクワク感はあるのですが、双肩に何かが載っている感じが今ひとつ足りないんですよね。

少し脱線して「クリエイティブディレクター」も自分にはむず痒く感じます。個人的には、クリエイティブって万事に宿るものだと思うんですよ。プログラムにはプログラムの、ライティングにはライティングの、運用作業には運用作業のクリエイティブがあって、だから誰かが統べて管理するような類のことではないかと。

エンジニアはエンジニアリングをデザイナーはデザインを行う中で、優秀な人ほどセルフマネージメントは大体できています。だからこそWebディレクターの私たちは型にはまりすぎることなく、その時々の持ち場のプロジェクトで貪欲に何が足りていないか、何をエンハンスできるかを考えて動けるしなやかさを持ち続けたいものです。


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