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臼杵石仏ふと2013年末に思い立った九州ひとり旅、初日ベタに別府温泉に泊まったあとはノープランだったため、ガイドブックで目についた観光地、国宝・臼杵摩崖仏を訪問してきました。

国宝 臼杵石仏 公式ホームページ
http://sekibutsu.com/

磨崖仏(マガイブツ)とは自然の岩壁をそのまま掘り出したり刻んで造立した仏像。磨崖仏といえば敦煌や龍門、インド、ペルシアなど大陸のものという勝手な思い込みがありましたが、大分県の臼杵石仏や国東半島だけで日本の磨崖仏の6〜7割が集中しているそうです。なんともロマンの感じられるエリアです。

のどかな山麓に鎮座する圧巻の60余躯
















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臼杵市の海沿いの市街地から数キロ入った山間の大きくないV字型の谷の岩壁に静かに存在する臼杵石仏。ひとつひとつの表情や造形は精巧でこれが石細工であるということ、1000年前に作られたことを忘れそうになります。

京都の寺社巡りで三十三間堂に行かれたときの感覚、でわかるでしょうか。"数が多い"というのはシンプルですが圧倒されます。また作った人の信仰深さだけではなく職人(かどうかもわからないのですが)の執念も感じます。そもそも1代や2代の仕事ではなさそう。

奈良や京都の仏像だと1体ごとに国宝や重要文化財、県文化財などの指定を受けますが、ここでは形がわかる程度に現存している59体をまとめて国宝指定されています。(平等院の雲中供養菩薩像と同じですね)


1000年の経年変化と大自然による損傷がリアル














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精巧に作られて建立時にはきらびやかな彩色もされていた磨崖仏たちですが、現在はちょっと近づいてみるだけでもボロボロ。平安後期〜鎌倉期に作られたあと、山岳仏教の衰退とともに、風雨を凌ぐ社もろくにないまま長らく放置されていたため手がかけていたり、下半身がかけていたり、つい最近まで首からとれて落ちていたり(!)。

戦火のためとか火事のためなど、人災での破損・欠損が多い都とはスケールが違ってなんというか大陸的。


謎や伝承など不明な部分が多くてミステリアス










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これほどまでに立派な仏像たちなのに、誰の命で誰が作ったかというのがはっきりしていません。言い伝えによれば「地元の長者が亡くなった娘の菩提を弔うために彫らせた」そうなのですが(質量ともに弔うってレベルじゃないw)裏付けのある史料がないということは良い意味で想像が膨らむわけですね。

この豊後の内地に、大日如来、阿弥陀如来、愛染明王、地蔵菩薩、不動明王、毘沙門天などが確かな技術でこれだけの数制作されたなんてオオゴトなのに史実としてはさっぱり不明でモノだけがしっかりと残っているなんて素敵。


磨崖仏の国宝はここだけ

旅から帰ってきて調べたところ、臼杵石仏を扱った個人の旅行記があまり(京都の寺社に比べ)見当たりませんでした。

地元の人はともかく全国的な知名度は高くないのかもしれませんが、あまた伝承されている日本の仏像群の中でも磨崖仏で国宝認定されているのはここだけです。木造や漆造りの仏像は見慣れている京都からの旅行者にはとても新鮮なインパクトがありました。

ほんの3日まではまったく知識がなかったここ臼杵や国東半島の豊後エリアの仏教文化、レンタカーを操れるようになったら再訪することを心に誓ったのでありました。





そんな臼杵石仏はJRを降りた臼杵市の市街地からバスがありますが、大分市駅前から直接アクセスできるバスも1日に数本ありこちらを利用しました。1時間強かかりますが、大分市郊外の自然豊かな住宅地の様子やのどかな山道を見ることができました。

国宝臼杵石仏 アクセスページ
http://sekibutsu.com/access.php


九州は電車がカッコイイですね




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