地元京都の新聞でこんなニュースを見かけてびっくり。

ラーメンでボストンへ架け橋 京の名物店創業者が移住 : 京都新聞
http://kyoto-np.co.jp/top/article/20120324000065

なんと、僕の贔屓にしているラーメン店「ラーメン荘 夢を語れ」のオーナーが新聞記事に。
そして内容にもっと驚愕。まさかの海外進出をすすめているとのこと!突然のニュースとあまりのスケールの大きさにびっくりしました。

しょうゆ豚骨系のスープに太麺、山盛りのモヤシとキャベツ、チャーシューに背脂がのったボリューム満点の品が評価を得た。その後、「地球規模で考えろ」(伏見区)、「歴史を刻め」(大阪市)などメッセージ性のある名前で店を出し、08年12月に「夢を語れ」(左京区)を法人化。これまで6店(1店は1年の期間限定)を経営。年商2億円まで成長した。

そんな「夢を語れ」系列のお店が出すラーメンはこちら。

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2010年撮影

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2009年10月撮影

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2008年9月撮影


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2008年3月撮影


そう、関東の好事家の方にはおなじみ「二郎系」(正しくはマルジ・富士丸系)なのです。




さて、ここからは個人的な回想マシマシでお送りします。
 

2005年にラーメン都市・東京から京都に戻ってきた僕の唯一に最大の心残りは「二郎」が楽しめないこと。
そんな中、はじめて関ヶ原を越えて激戦区一乗寺に殴りこみをかけた本場東京仕込みの「二郎系」が「夢を語れ」でした。神様に感謝する一方で、その独特のルール・規格外の破壊力がここ関西に馴染むのか心配だった僕は、希望の灯火を絶やすまいと勝手な使命感を背に、叡山電車に乗って足繁くこの1号店「夢を語れ」に通いました。

その頃のお店と言えば大将がほとんどひとりで切り盛りしていました。一方で地元のお客の大半は二郎ルールなど知るわけもなく、ロットの合間を縫うように行列の整理を行い、間違って入店してしまったお婆ちゃんにもいやな顔をせず「うちの店はすごく多いけどだいじょうぶ?」なんてことを説明して、ブレの少ないハイレベルな一杯を提供し続けている大将の背中を心配しながらも無言で応援をする日々。

しかしそのようなアウェイな状況の中、最初から狙っていたのかどうか知る由はありませんが、日本有数の大学集中エリアの左京区に店を構えたことが、この一筋縄ではいかない「二郎系」独自ルールを維持させる思わぬ効果を生んだのでした。
京大・同志社あたりの大学には関東出身者がたくさんいます。彼らが率先して友達を連れてお店にやってきたのです。

地元学生:「とりあえず俺は大盛りやな」
関東学生:「最初からはおすすめしないよ。それと、ヤサイの量とか増やせるけど、お店の人に聞かれる前にコールしちゃギルティちょっと練習しようか
地元学生:「なんやめんどくさいなあ」
地元学生:「(店内に入って前の客の盛りを見て)なんやこれ!めっちゃ多いやんけ!!」
関東学生:(したり顔でニヤニヤ)
地元学生:「ふー、食ったわあ。あ、オレ待ってるしゆっくり食ったらええで」
関東学生:「ロットが乱れるから食べたらさっさと外に出て。あ、テーブル拭いてから」

当時僕が、行列や店内で聞いた会話です。(多少誇張マシ)
 
このようなルールを進んで「布教」してくれる関東出身の「ジロリアン」の存在は、ひとりで店を切り盛りしていた頃のお店にとって心強い存在だったことでしょう。ちなみにその後系列店は、伏見(龍谷大学)、下新庄(関西大学)など、大学生が多く住みエリアへの出店が続きました。

もちろん、苦労もありました。京都でスタンダードなラーメン屋はラーメン+唐揚げ(餃子)+ライス+(ビール)、仲間や家族とくつろげる場所と旨いものを提供して客単価を上げるのが常識。そんな中で、行列30分実食5分、サイドメニューどころかライスすらなし、私語や携帯を見ていると注意される所謂「殺伐」スタイルは、口頭で諭してわかってくれるお客ばかりではありません。

ところがどっこい、ただのラーメンバカの私には、大将の経営者としての才覚は全く見えていませんでした。少し軌道に乗ってくると積極的に若くてやる気と情熱のあるスタッフを雇って見事に教育をして、1号店の営業を安定させ経営に尽力し、2号店をオープンさせてきました。
(個人的には大将の一杯にめぐり合う確率が減って寂しかったのですが。。)

こうして着実に京都の地での評判を獲得しつつあった中ではありましたが、2008年に休止期間に入ったとき、僕はいろいろな想像をしてしまって正直再開の期待を持ち過ぎないように自制をしたものです。

5/11まで営業して「秋」まで営業を休止するそうです。

店主が子育てに専念するためだとか、
さらなる味を追求するためだとか
噂は聞いていますが(おそらく前者でしょうね)
とにかく一大事です。
〜2008年5月5日のブログより 

しかし、「夢を語れ」と大将は当初の告知休業期間を若干前倒しして帰ってきました。
 
夢が復活しました。
「育児のための休暇で秋ごろには再開します」
というアナウンスだったのでお盆前の復帰は
誰も期待していなかっただけに相当うれしいです。

で、感動の再会。
しかも運悪く春ごろには全く出会えていなかった
店主のオペレーションなので期待も高まります。
〜2008年8月12日のブログより 

その後・・・関西のラーメン好きにはもう「二郎系」「マルジ・富士◯系」ではなく、「夢」で伝わるほどの活躍で記事の通り今に至っています。
 

・・・そしてこの度の海外挑戦のニュース!

一方で「海外で視野を広げ、自ら夢を語れる独立経営者を創出したい」との思いが高まり、海外出店を決意。日本の店舗は後進に譲渡し、「ハーバード大やマサチューセッツ工科大など全世界からトップクラスの学生が集まるボストン」に店を出すことにした。


5年前と同じように無謀とも見える大きな挑戦を太平洋を越えた「学生の街」で打って出ました。
(個人的には、ハーバードやMITにジャパニーズジロリアンがどれくらい潜伏しているのか気になって仕方ありませんw)

東京での修行、地方都市京都での飛躍、そして海外へ。これでFacebookを生み出したボストンの学生たちをそのスープとニンニクで虜にすることができたとしたら・・・・!

どんなITベンチャーよりも痛快で美味しいサクセスストーリーから目が離せません。

公式ホームページ ラーメン荘
http://yumewokatare.pod2.biz/

京都府京都市左京区一乗寺西杉ノ宮町48-1


※エイプリルフールとは関係ない至って大真面目なエントリーです。




 
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